甲府地方裁判所 昭和24年(行)31号 判決
原告 奈良泰麿
被告 山梨県農業委員会
補助参加人 佐藤言嗣
一、主 文
被告が昭和二四年四月三〇日附訴願第四二一号を以てなした原告所有の別紙目録記載の宅地及び建物についての訴願を棄却する旨の裁決はこれを取消す。
訴訟費用中、原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告と被告補助参加人との間に生じた分は同参加人の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
原告は別紙目録記載の宅地及び建物(以下本件宅地建物と略称する。)を所有するものであるが、当時の上野原町農地委員会は被告補助参加人の申請に基き、昭和二四年一月二九日本件宅地建物を旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第一五条第一項第二号に該当する宅地建物として買収計画を樹て、同年二月一六日これを公告し、同日から同月二六日まで一件書類を縦覧に供した。原告は右計画に対し同月二六日同町農地委員会に異議の申立をしたが、同年三月一日却下されたので、更に同月一〇日附を以て被告(当時山梨県農地委員会)に訴願したところ、同年四月三〇日附訴願第四二一号で訴願棄却の裁決がなされ、原告は同年五月一五日右裁決書の交付を受けた。しかしながら右訴願裁決には次に掲げるような瑕疵がある。即ち、(一)形式上の理由として、本件裁決には理由が付されていない。これは訴願法第一四条を無視した違法の裁決である。(二)実体上の理由として、本件宅地建物の買収計画は以下述べるような理由に依り違法であるにかゝわらず、これを看過し右計画を適法としてなされた本件裁決も亦違法である。これを詳述すれば、
(1) 参加人は正当に自創法によつて自作農となつたものではなく、本件宅地建物の買収適格を得るため一部の上野原町農地委員と結託し、同委員会をして訴外酒井竹松が不在地主でないのにもかゝわらず同人を不在地主と認定せしめ、その所有農地三反歩のうち二反歩につき買収計画を樹立させたうえ、右農地の小作人であつた参加人にこれを売渡させたものであるから、右買収並びに売渡は共に無効であり、参加人には本件宅地建物につき自創法第一五条第一項にいう自作農としての買収適格はない。
(2) 原告は参加人に対し本件建物を賃貸したが、本件宅地を賃貸した事実はなく、参加人において右宅地を事実上使用しているにすぎないのであるから(原告訴訟代理人は昭和二五年四月四日及び昭和二六年四月一〇日の口頭弁論期日において、参加人が本件宅地につき賃借権を有することを認めたのは、真実に反し且つ錯誤に基いてなしたものであるから、これを取り消す。)、本件宅地は自創法第一五条第一項第二号に依る買収の対象とはならないものである。それにもかゝわらずこれを買収する旨定めた本件買収計画は違法である。仮に参加人が本件宅地につき賃借権を有するとしても、政府において買収し得る範囲は住居及び倉庫の敷地四一坪八合五勺、並びに物置の敷地一八坪三合合計六〇坪一合五勺であるべきところ、本件買収計画ではその面積を右敷地以外の部分を含む六九坪五合としているから、右計画には買収の範囲を誤つた違法がある。
又仮に本件宅地の買収面積は六九坪五合が正当であるとしても、右部分が一筆の土地である二、〇一四番三四八坪のうちどの部分に当るのか不明である。同町農地委員会は原告に対し買収宅地の範囲を現地につき指示することもなく、又その計画図面を縦覧に供した事実もなかつたのであるから、本件計画には買収宅地が特定されていない違法がある。
(3) 本件買収計画は買収居宅の坪数に誤りがある。本件居宅の建坪は現在一八坪七合であるが、原告が前所有者細田政吉から買受けた当時は一四坪二合五勺であり、それ以外の部分はその後参加人において権原に基き附属せしめたものである。従て右増築部分は参加人の所有に属するものであるから、これを原告より買収すべきものではない。しかるに右部分を含め、本件居宅の坪数を一六坪二合五勺として買収したのは違法である。仮に、右増築部分が附合によつて原告の所有になつたものとすれば、その坪数の表示は一八坪七合とならなければならないのであるから、いずれにしても本件買収計画には居宅の坪数の表示を誤つた違法がある。
(4) 本件宅地建物は位置及び環境並びに建物の構造等からみてこれを農業用施設として買収することは不適当であるのに、買収を敢てしたのは違法である。まず、その位置からいえば、本件宅地建物は上野原町の上野原銀座と称せられる繁華街から僅かに横町を入つたところにあり、本件宅地はもともと前記繁華街に面する店舗の敷地である二、〇一四番三四八坪の一部であつて、附近は建物が建て混んでおり、農業に必要な空地もなく、又農耕用牛馬を飼育する場所もない。しかも参加人の耕作地迄は相当の距離がある。次に建物の構造からいえば、住宅はもともと医院用として建てられたもので、総ガラス張洋館風の建物であり、倉庫は上野原町附近で所謂文庫蔵として建てられたものでたんす長持等の家具を置くためのものであり、又物置はキリスト教団の日曜学校として建てられたものであつて、いずれも農業用の住居、倉庫、物置としては不適当なものである。
(5) 参加人の主たる所得は農業以外から得られている。もともと上野原町は宿場町であつて、町民の大部分は商人か又は労務者であり、専業農家は全耕作者の半分もない実状である。参加人の耕作面積は三反余にすぎず、参加人は二〇年程前から本件居宅において訴外広瀬正名の名をかりて「広瀬歯科分院」なる看板をかゝげ、自らが歯の治療及び技工に従事していたものであつて、もとより農業を主とするものではない。従つて参加人の所得の三分の二以上は脱法的な右歯科医療から得られているものであり、自作農として農業に精進する見込のある者とはいえないのであるから、斯る事情を看過して樹立された本件計画は違法である。
(6) 本件宅地建物は原告において近く自ら使用しようとしているものである。原告は建築技師であるが、本件建物(特に居宅)の位置及び構造は前述のように設計、製図には最適なので、この建物を使用して設計製図業を営むため、昭和二二年中に訴外山崎正次を通じて参加人に対し本件建物の明渡方を請求したところ、参加人は一旦はその返還を承諾したにもかゝわらず、明渡をせず、却て本件買収申請に及んだものである。原告としては右のように自己本来の事業を再開する必要に迫られているのであつて、本件宅地建物を近く自ら使用するにつき相当の理由があるのであるから、このような事情にある本件宅地建物は買収すべきものではない。
以上の理由に依り本件裁決処分は形式的にも実体的にも違法であるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだものである(証拠省略)。
被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次のように述べた。
原告の主張事実中、本件宅地建物が原告の所有に属すること、本件買収の経過は原告主張のとおりであることは認めるが、その余の原告の主張は全部これを争う。参加人は昭和二四年一二月二日自創法第一六条第一項の規定による農地田畑合計二反歩の売渡を受けた者であり、且つ本件宅地建物を原告から賃借していたのである。そこで参加人は昭和二四年一月二七日当時の上野原町農地委員会に対し本件宅地建物につき買収申請をしたところ、同町農地委員会はその申請を相当と認め買収計画を樹てたのであつて、右買収計画には何等違法の廉はなく、又原告の訴願を棄却した本件裁決処分にも原告の主張するような違法な事由は存在しない。以下原告の主張する事由につき逐次反駁する。
(一)について。本件裁決には詳細な理由は付さなかつたけれども、それは当時農地改革の最盛期に当り、被告の事務は多忙を極めていたのに、訴願についての事務を処理していたものは一名だけであつて、到底詳細な理由を付すことができない事情にあつた。又被告は訴願を受理すると、その内容調査をなし、公開の席上で調査者よりその調査内容を報告させ、訴願人その他関係人から事情を聴取したうえで審議し、しかもその審議は公開の席上で行つて来た。本件訴願についても右と同様な方法で審議し、原告も被告委員会の審議を傍聴していたのであつて、その審議の経過、結果及びその理由も知つているので、殊更に理由を詳細に述べる必要はなかつたものである。仮に本件裁決に理由を付さなかつたとしても、訴願法第一四条の規定は訓示規定と解すべきであるから、右のような瑕疵は裁決を取消すべき理由とはならない。
(二)(1)について。参加人は正当に自創法第一六条によつて売渡を受けたものである。
(2)について。参加人は昭和六年二月に訴外細田政吉から本件宅地建物を賃料月六円ということで賃借したものであつて、その後昭和一三年頃原告の養父奈良千勝が本件宅地建物の所有権を取得し、昭和一八年頃右千勝の死亡に因る家督相続に依つて原告が右宅地建物の所有権を取得したものであるが、その間賃料は数次に亘つて引上げられ、昭和二三年からは月一〇〇円ということに決めてひきつゞき賃借してきたのである。原告は参加人に対して右宅地を賃貸した旨の自白を取消しているが、右自白の取消には同意できない。被告は右自白を援用する。又原告は本件宅地のうち買収し得るのは建物の敷地部分合計六〇坪一合の限度であるというが、右の計算は建物直下の面積のみを計算したものであつて、その不当なことはいうまでもなく、宅地として買収し得る範囲はその地上の建物を使用する為に必要と認められる範囲でなければならない。本件宅地については、居宅(建坪一階七坪五合)及び倉庫(建坪一階七坪五合)の敷地として四九坪五合、物置(建坪九坪七合五勺)敷地として二〇坪合計六九坪五合を買収範囲としたもので何等不当のものでない。而して右宅地の範囲は現地において明確に隣接地との境界を指示することができるし、又買収宅地の範囲を買収計画書に正確に表示することは不可能であるが、上野原町農地委員会においては図面その他に依つてその範囲を確定しているのであつて、同図面は同委員会に備えておいたのであるから、原告が書類の縦覧期間中に右図面の開示を要求するならば、本件宅地の買収範囲を容易に確認し得た筈である。
(3)について。本件建物の坪数の表示は家屋台帳に拠つたものであつて、買収すべき建物の坪数の表示としては十分である。
(4) について。もともと上野原町は地形からいつて細長い街であり、住民は大体半農半商ないしは半農半労の者が多く、殊更に買収宅地或は建物の位置を検討する必要のないところである。それに本件宅地建物は本通りより少し横町に外れたところにあり、商店街に近接しているとしても前記のような同町の地形からいつて農業用施設と見るもやむを得ないことである。しかも参加人の耕作地から大した距離はないのであるから、位置、環境からいつても本件買収計画は必ずしも不当でない。本件建物は原告主張のような目的で建てられたかも知れないが、居宅は農業用住宅として決して不向であるとはいえないし、現に倉庫には農産物を収めてあり、物置は農産物の収納、農機具の置場、脱穀場などに使用しているのであつて、その構造からいつても本件買収は何等不当のものでない。
(5)について。参加人の本業は農業であり、前述売渡を受けた農地を含めて田一反六畝一一歩、畑一反歩合計二反六畝一一歩である。右耕作面積は上野原町の平均耕作面積三反四畝に比較して稍下廻るが、耕作の傍ら豚及び鶏を飼育し椎茸栽培を行い、他村にわらびの栽培などをしている。一方各種農業関係団体の役員などもつとめているのであるから、自作農として農業に精進する見込のある者と為すに十分である。もつとも、参加人は昭和九年頃訴外広瀬正名に対し本件居宅の二階を歯科分院として貸し、たまたま参加人に歯科技工の心得があつたので、前記広瀬の技工の仕事を手伝つたことはあるが、それから得る収入は僅かなものであり、強いていえば副業程度のものに過ぎない。しかも現在はやめており、前掲農業経営による収益が所得の中心を為している。
(6)について。原告は上野原町本通りに自己所有の住宅に住み、他に多数の宅地建物を所有しているのであるから、原告が本件宅地建物を近く自ら使用することを相当とする事情は全くない。
以上のようなわけで、本件裁決には形式的にも又実質的にも何等違法の点はないから、取消さるべきものではない(証拠省略)。
三、理 由
本件宅地建物が原告の所有であること、参加人の申請に基き上野原町農地委員会が昭和二四年一月二九日右宅地建物を自創法第一五条第一項第二号に該当するものとして買収計画を樹て、同年二月一六日これを公告し、同日から同月二六日まで書類を縦覧に供したこと並びに原告が同月二六日同委員会に対し異議の申立をしたが、同年三月一日異議却下となり、更に同月一〇日附で被告に訴願したところ、同年四月三〇日附を以て訴願棄却の裁決がなされ、同年五月一五日右裁決書の交付を受けたことはいずれも当事者間に争のない事実である。
まず原告が(一)において主張している形式的違法事由について判断するに、成立に争のない甲第三号証によれば、本件裁決書には「右訴願人申立の訴願事件につき当委員会はその理由がないものと認め主文のとおり裁決する。主文、本件訴願はこれを棄却する。」とされており、他に何等記載されておらないことが認められる。被告は訴願の裁決には詳細な理由を付する必要はなく、訴願法第一四条は訓示規定であると主張しているが、右のように単に「理由ないものと認め」ということだけでは、裁決に理由を付したものと認めることができない。そもそも訴願は行政庁に依る行政作用の矯正手段であると同時に、行政作用に対する人民の権利利益の救済制度であつて、行政処分を違法又は不当とする者は権利として訴願を為し、その審理裁決を要求することができるのであつて、従つてその裁決には客観的に公正な判断が要求されるのである。「訴願については原則として書面審理主義が採用され、その裁決自体についても行政訴訟を提起することができるところからみると、訴願の裁決には相当の理由を付することを要するものとしなければならない。訴願法第一四条が訴願の裁決は理由を付した文書を以てすることを定めているのもこれと同趣旨に出たものと解するのが相当であつて、これを訓示規定であるとするのは当らない。従つて何等訴願棄却の理由を示さない本件裁決は被告主張のような事情の有無にかゝわらず違法であるといわなければならない。」しかのみならず、本件宅地建物の買収計画には原告が実質上の理由として(二)(4)において主張するような瑕疵の存することが後述のように認められるので、尚この点について判断を加える。まず本件宅地建物の位置及び環境について考えてみるに、検証(第一、二回)の結果、証人山崎正次(第二回)の証言並びに弁論の全趣旨に照し合わせると、本件宅地建物は上野原町大通りの略中央部から通称日の出横町を僅か九間程南に入つたところに位置しているが、右大通りは同町の最も繁華な商店街であり、本件居宅の北隣の小坂方は表は右大通りに面して時計商を、本件物置の北隣の田村方は表はやはり大通りに面して荒物商を営んでおり、四周には住家が密集し、空地としては僅に本件倉庫の南方に約一〇坪(内北半分は本件宅地に含まれている。)、本件物置西方に約二坪(本件宅地に含まれている。)存するだけであり、又本件宅地建物から参加人の耕作地までの距離は遠いところで直線にして約五町、道のりにして約一〇町あることが認められ、右認定に反する証人細田敬、同大久保時造の各証言はにわかに信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がない。次に本件建物の構造についてみるに、検証(第一、二回)の結果並びに証人細田敬、同杉本幹一(第一回)、同山口肇(第二回)、同山崎正次(第二回)の各証言及び原告本人訊問(第一回)の結果を綜合すると、住居部分は大正一〇年頃訴外細田秀男が医院用として建てたものであつて、総ガラス張りの二階建で洋館風の外観を呈し、階下は六畳、八畳の二間で、土間は玄関に半坪あるだけで、二階は四畳間とリノリウム敷きの洋間が主であること、又倉庫はもともと上野原町附近で所謂文庫造りの建物であつて農業用倉庫として建てられたものでないこと、更に物置は前記訴外人が同じ頃キリスト教会堂ないし日曜学校として使用する目的を以て建てたものであつて、農業用物置として使用することは適当でないことがそれぞれ認められる。はたしてそれならば、その位置、環境ないしは構造から見て本件宅地建物は農業用としてよりは本来の建築目的である医院用、教会堂用ないしは住居用としての利用価値の方がはるかに高いものと断ぜざるを得ないから、これを農業用施設として買収することは不適当であると結論せざるを得ない。もつとも、証人佐藤言嗣(第二、三回)、同大谷尚の各証言及び検証(第一、二回)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、現在右倉庫には農産物、農具などが若干納められ、又物置には農具が雑然と置かれており、右倉庫の南側の空地は農産物の乾燥場などに利用されていることが認められるけれども、それは賃借人である参加人が現在農業を経営していることから生じた一時的現象に過ぎないから、右事実に依つては前示結論を覆すに足らず、又本件宅地建物の位置及び環境についての被告の主張は独自の見解であり採用するに価しない。しかして本件買収計画の樹立並びに本件裁決のあつた以後である昭和二四年六月二〇日に施行された自創法第一五条第二項第三号は宅地建物の位置環境及び構造等により買収を不適当とする場合にはこれを買収しない旨を明定しており、その法意は本件においても妥当することであるから、斯る要件を具備する本件宅地建物について樹立された買収計画は結局違法であつてこれを看過して原告の訴願を棄却した裁決も亦違法であり、取消を免れないこととなる。
仍て原告の本訴請求は他の争点について判断する迄もなく正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 町田健次 杉山孝 勝見嘉美)
(目録省略)